傾聴で深めるフィードバック:メンバーの成長を加速する対話術
リーダーシップにおいて、メンバーの成長を促すフィードバックは欠かせない要素です。しかし、時にフィードバックは一方的な指示となり、メンバーの意欲を損ねてしまう可能性もございます。しなやかなリーダーシップを発揮するためには、共感と傾聴を基盤としたフィードバックが重要となります。
本稿では、傾聴を深めることで、どのようにフィードバックの質を高め、メンバーの自律的な成長を加速させる対話へと繋げられるのか、その具体的な手法と実践例をご紹介いたします。
傾聴がフィードバックの質を高める理由
フィードバックは、メンバーの行動や成果に対する評価や助言を伝える行為です。しかし、その伝え方によっては、単なる指摘として受け取られたり、反発を生んだりする可能性もございます。ここで傾聴が果たす役割は極めて重要です。
- メンバーの視点理解の深化: 傾聴を通じて、リーダーはフィードバック対象となる事象に対するメンバーの認識、感情、意図を深く理解することができます。これにより、表面的な行動だけでなく、その背景にある真の課題や悩みに寄り添ったフィードバックが可能となります。
- 心理的安全性の醸成: メンバーが自身の意見や感情を安心して話せる環境は、心理的安全性を高めます。リーダーが真摯に耳を傾ける姿勢を示すことで、メンバーは自身の弱みや失敗についてもオープンに共有できるようになり、建設的な対話が生まれる土台が築かれます。
- フィードバックの受容性向上: 自分の話が聞かれ、理解されていると感じる時、人は他者からの助言を受け入れやすくなります。傾聴は、メンバーがフィードバックを「一方的な指摘」ではなく、「成長を支援する手助け」としてポジティブに捉えるための重要なステップです。
実践:傾聴に基づくフィードバックのステップ
傾聴に基づくフィードバックは、以下のステップで進めることが効果的です。各ステップにおいて、リーダーの聴く姿勢が鍵となります。
ステップ1: 事前準備と心の姿勢
フィードバックを行う前に、リーダー自身が冷静に状況を整理し、評価者ではなく「支援者」としての姿勢を持つことが重要です。
- 事実の観察と記録: 具体的な行動や事象について、客観的な事実を把握します。例えば、「〜の機能のコードレビューで、〇〇という指摘があった」といった具体的な事実です。感情や推測ではなく、何が起きたのかに焦点を当てます。
- 影響の分析: その事実がチームやプロジェクトにどのような影響を与えたのかを明確にします。「その結果、デリバリーが〇日遅延した」といった、影響までを整理します。
- 目的の明確化: このフィードバックを通じて、メンバーにどのような成長を促したいのか、どのような目標達成を支援したいのかを明確にします。
ステップ2: メンバーの状況を「聴く」
フィードバックを始める前に、まずはメンバーの現在の状況や認識を深く傾聴します。
- 開かれた質問を用いる: メンバーに自由に話してもらうために、「その件について、どのような状況だと認識していますか」「何か困っていることはありますか」といった、イエス・ノーで答えられない質問を投げかけます。
- 非言語コミュニケーションの観察: メンバーの表情、声のトーン、姿勢などからも情報を読み取ります。言葉だけでなく、非言語のサインにも注意を払うことで、より深い理解に繋がります。
- 共感的な相づちと繰り返し: 「なるほど、そういうことがあったのですね」「つまり、〜ということでしょうか」といった相づちや、メンバーの言葉を繰り返すことで、理解していることを示し、安心して話せる環境を作ります。
会話例1:課題発生時のヒアリング
リーダー:「先日リリースされた〇〇機能について、ユーザーからの問い合わせが増加傾向にあるようです。この状況について、どのように感じていますか。」
メンバー:「そうですね。想定外の挙動について報告があり、私も少し焦っています。テストは入念に行ったつもりだったのですが、特定の条件下で問題が発生しているようです。」
リーダー:「特定の条件下で問題が発生していると感じているのですね。どのような条件下で問題が起きていると推測していますか。また、現時点で何か対策を検討していることはありますか。」
メンバー:「はい、負荷が高い環境で一部のデータ処理に遅延が生じているのではないかと考えています。対策としては、まずログを詳細に分析し、ボトルネックを特定しようとしています。」
ステップ3: 建設的なフィードバックを「伝える」
メンバーの状況を十分に理解した上で、具体的な事実に基づいたフィードバックを伝えます。ここでも、相手の反応を「聴く」姿勢を忘れません。
- 「私(I)メッセージ」を使用する: 「あなたは〜だ」と決めつけるのではなく、「私は〜と感じている」「私は〜と認識している」といった「私メッセージ」で伝えます。これにより、非難ではなく、リーダーの視点からの意見として受け取られやすくなります。
- 具体的な行動に焦点を当てる: 改善を求める際は、抽象的な人格批判ではなく、具体的な行動レベルで伝えます。「〇〇のコードレビューにおいて、設計の意図が十分に伝わらなかった点がありました。もし可能であれば、事前にもう一度設計書のレビューをする時間を設けるなど、進め方を工夫できないでしょうか」といったように伝えます。
- 解決策の共同検討を促す: 一方的に解決策を提示するのではなく、メンバー自身に考えさせる問いかけを行います。「この状況を改善するために、あなた自身はどのような選択肢があると考えますか」
会話例2:フィードバックの提示
リーダー:「(メンバーの状況を聴いた上で)ありがとうございます。状況を共有いただき、助かります。先ほどの〇〇機能の件ですが、私もログを確認し、同じく特定の処理で負荷がかかっている可能性を感じています。今回の件で、ユーザーへの影響も考慮すると、リリースのプロセスにおいて、もう少し踏み込んだ負荷テストが必要だったのではないかと私は感じています。」
メンバー:「はい、私もその点は反省しています。リリース前のスケジュールがタイトだったこともあり、一部のテストが不十分だったかもしれません。」
リーダー:「スケジュールがタイトだったのですね。その中で最善を尽くされたことと思います。今後の改善に向けて、〇〇さんの視点から、どのような対策が考えられますか。」
ステップ4: メンバーの反応を「聴き、共に考える」
フィードバック後のメンバーの反応を注意深く聴き、共に今後の行動を検討します。
- 反論や戸惑いを受け止める: メンバーが反論したり、戸惑ったりする可能性もございます。その感情を否定せず、「そう感じますか」「そのように思うのですね」と受け止め、さらに話を促します。
- 解決策の共同検討: メンバーが提示したアイデアや、リーダー自身の視点も交えながら、具体的な改善策を共に検討します。最終的には、メンバー自身が主体的に行動計画を立てられるように支援します。
- 行動のコミットメント: 決定した改善策について、誰が、いつまでに、何をやるのかを明確にし、メンバー自身からのコミットメントを引き出します。
会話例3:解決策の共同検討
メンバー:「そうですね。スケジュールが厳しい時でも、主要なケースの負荷テストは必ず実施するといったルールを設けるべきだったかもしれません。また、テストコードの自動化をさらに進めることも検討したいと考えています。」
リーダー:「それは良い提案ですね。負荷テストのルール化、そしてテスト自動化の推進、いずれも効果的であると考えます。特にテスト自動化は、長期的に見てもチームの生産性向上に繋がるでしょう。では、これらの対策について、具体的にいつまでに、どのような形で進めていけそうですか。」
メンバー:「まず、来週中に負荷テストのルール案をまとめ、チーム内で共有したいと思います。テスト自動化については、〇〇のライブラリ導入を検討し、まずは小規模な機能から試してみようかと考えています。来月末までに最初の成果を出せるよう計画を立ててみます。」
リーダー:「素晴らしいですね。何か困ったことがあれば、いつでも相談してください。私もサポートします。期待しています。」
傾聴で育むフィードバック文化
傾聴に基づくフィードバックは、一度限りの対話で完結するものではございません。継続的な実践を通じて、チーム内に「お互いに学び、成長し合う」というフィードバック文化を育むことが可能です。メンバーは、リーダーが常に自分の成長を願い、耳を傾けてくれると理解することで、安心して挑戦し、率直に意見を述べられるようになります。
このような環境は、メンバー一人ひとりのパフォーマンス向上だけでなく、チーム全体の生産性とエンゲージメントを高め、「しなやかなリーダーシップ」を体現する強力な推進力となるでしょう。
まとめ
傾聴は、フィードバックを単なる評価から、メンバーの成長を加速させる対話へと変容させる強力なツールです。メンバーの状況を深く理解し、共感的に耳を傾けることで、フィードバックは受け入れられやすくなり、自律的な行動変容を促します。
今回ご紹介したステップと会話例を参考に、日々の業務に傾聴の姿勢を取り入れたフィードバックを実践されてみてはいかがでしょうか。共感と傾聴を基盤とした対話を通じて、メンバーの潜在能力を引き出し、より生産性の高いチームを共に築き上げていきましょう。